時々錯誤 5/29 案山子

矯正器具なしで運転ができるほどの視力はある。でもさすがに裸眼の運転は怖くて、免許を取る前に眼鏡を作り直した。以来、必要な時には眼鏡をするようになったが、常用はしていない。毎週木曜日を除いて。

こうして時々文章を書くことがあるから、文芸にかかわる授業には高い関心があった。自分の学部で文章を扱う授業は取り尽くしてしまったので、他学部に目を向けてみた。すると、2年前に先輩に薦められた講義の名前を見つけた。4年間ではじめて、毎週都心のキャンパスに通う習慣を作ったことになる。

久々に訪れた丘の上は、私には眩しく見えた。輝かしい場所から、ちょうど羨望だけを抜き取った光景だった。そこにいる誰とも繋がりを築けていない空間に1人放り出されていた。世界が自分だけであるかのようだった。逃げるように、図書館の自学スペースに駆け込んだ。

予鈴が鳴る30秒前、迷いながらもなんとか教室に辿り着いた私は、いつも田舎のキャンパスでしているのと同じように左前方の席に座った。前方とはいえ、教室があまりに広い。先生の顔がよく見えなかったので、眼鏡をかけた。その日はガイダンスだった。好奇心の赴くままにWikipediaの記事を漁っていると授業が終わった。席を立つ前に、いつもなら外す眼鏡をその日はどうしてか外せなかった。少しだけいつもと違う自分を引き連れて、教室を出た。

キャンパスの出口を目指して歩く。帰り際の学生の波に飲み込まれそうになりながらも、なんとか駅にたどり着く。今度はサラリーマンの波にさらわれそうになる。誰とも繋がりは築けていないのに、不思議と心持ちは丈夫であった。そういう処世術を得た。皮が厚くなった。視界はいつもよりクリアなはずなのに、鏡の前の自分はぼやけて見えた。

貫通錯誤
カードゲームとボードゲーム(ゴールデンエッグラー,mtg,シャドバ,Blade Rondo,自作など)を嗜んでいます。カードゲーム、音楽、動画についてなどと、根強いファンを誇りたいショートエッセーの現代錯誤という連載を書いていきます。
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