ふぉんとーく第3弾です。過去2回では筆者が好きなフォントについて好き勝手書いてきましたが、今回は好き故に知ってほしいフォントというよりも、純粋に知ってほしいフォントの紹介をします。
その名も、UDフォント。
UDとはユニバーサルデザイン、すなわち「あらゆる使い手に快適で使いやすい環境やモノを提供することをめざす社会的意識や態度(*1)」のもとで作られたデザインを指します。有名なものだとシャンプーの横についている凹凸が挙げられます。この凹凸は視覚障がい者と健常者のどちらをも対象として、シャンプー中に目を開けることができない場合等のシャンプーとリンスの判別を可能にしています。
フォントにも、誰もが快適に使用できる、すなわち誰にとっても読みやすく情報伝達を円滑にすることを目的としたものがあり、その総称として「UDフォント」という名称が使われています。そして。なんとこのUDフォントの中に誰もが無料で使用できるものがあります。のちほど詳しく説明します。
普通のフォントとの違い
UDフォントは何を以ってユニバーサルデザインを謳っているのでしょうか。それは高い可読性、視認性、判読性です。平たく言うと読みやすさ(若しくは読み間違いにくさ)です。
UDフォントとそうでないフォントを比較してみましょう。
上が後述するBIZ UDPゴシックとBIZ UDP明朝、下がMSPゴシックとMSP明朝の組み合わせです。この時点でも上のほうが読みやすいと感じるのではないでしょうか。
1枚目の画像をぼかして背景に灰色を足しました。どちらもかなり読みにくいです。しかし圧倒的な差まではいかなくとも上のほうがまだ読みやすいと感じる人が多いはずです。本文について下のほうが読みやすいと感じる人はいても、見出し、特に「治」や「陽」の字は上のほうが読みやすいと感じられるのではないでしょうか。これはUDフォントが読みやすさを高めるために行っている工夫によるものです。
上がBIZ UDPゴシック/明朝、下がMSPゴシック/明朝です。この画像を使ってUDフォントによく施される工夫を紹介します。
適切な太さ
UDフォントは文字全体が太すぎず細すぎません。何を言っているんだと思われるかもしれませんが、図1の下の「治」は全体を通じて太すぎていて(ボールドなら適切な太さであると思いますが、デフォルトでこの太さは太すぎる)、「あなた」は全体を通じて少し細すぎます。太すぎても細すぎても目の負担になるうえに遠くから見た時の判読性が下がるため、適切な太さであることは誰にとっても優しいフォントであることの必要条件となります。
また、文字全体の太さだけでなく、画の始点から終点までの太さに大きな変化がないことも目に負担をかけないために重要なポイントとなっています。図1の「あなた」の画の入り(3文字すべての1画目)と抜き(特に「あ」3画目のはらい)に注目してください。上のほうが全体的にある程度の太さを保っていて、下のほうは入りと抜きが画の中間部に比べて非常に細くなっています。文字そのものがメリハリを持つことが正の効果を発揮する場面もあるのでしょうが、1画の中で太さが大きく変化することは目への刺激となり、フォントを誰もに優しいものから遠ざけてしまいます。
大きなフトコロ
フトコロとはふぉんとーく#1で軽く触れた通り、文字の内側にできる空間を指します。例えば「陽」という字の場合、の右上の「日」の線で区切られた内部はもちろんのこと、勿の画と画の間やこざとへんの内部等もフトコロに含まれます。図1ではフトコロの中でも筆者が特に識字性にかかわってきそうだと独断で判断した部分にピンク色の丸印を配置しました。フトコロに余裕を持たせることは、遠くから見た時の識字性はもちろん、印刷したとき、さらには印刷物が滲んでしまったときでもある程度の判読性を担保するのに役立ちます。
適切な距離感
前項のフトコロと似た話になりますが、連続する画と画の間に適切な距離(図1の緑部分)を保つことも、可読性、視認性、判読性のすべての面で、フォントの優しさを向上させます。
大きめの字面枠
フォントのデータの中でも、文字の形をした部分を字面と呼びます。そして、字面の収まる範囲を字面枠と呼びます(図1の「治」の字の水色部分です)。字面枠を大きめに設定することは文字そのものをフォントサイズに対して大きくすることを意味するため、識字性の向上が期待できます。なお、字面枠を大きくしすぎると文字と文字の間隔が小さくなりすぎてしまい、可読性が低下するので、字面枠が大きければ大きいほど良い、というわけではありません。
「字面」等用語の詳しい説明はこちら↓
https://www.morisawa.co.jp/culture/dictionary/1965
UDフォントに施された工夫を見たところで代表的なUDフォントを見ていきましょう!
BIZ UDゴシック/明朝 byモリサワ
筆者が一般的に一番実用的だと考えているUDフォントです。Windows 10 October 2018 Updateで正式採用されたフォントです。上の画像のUDフォントの例として出してきたのはすべてこのフォントです。
Windowsに正式採用されていますから、最新版のWindowsならばWordやPowerPoint等のマイクロソフトのアプリケーションに予め入っていて、フォント選択の箇所を開いて選ぶだけで簡単に見やすい資料を作成することができます。
そして、このフォントはモリサワからなんと無償で提供されているので、Macユーザーも無料でダウンロードして使用できます。
無料なうえに、Windowsにインストールされていて互換性もあるので、持っていて損はないはずです。
UDデジタル教科書体 byモリサワ
ユニバーサルデザインの教科書体です。2017年10月に行われたWindows 10 Fall Creators Updateにて日本語版Windowsに採用されました。公式の説明は以下の通り。
デジタル教科書をはじめとした ICT教育の現場に効果的なユニバーサルデザイン書体です。
筆書きの楷書ではなく硬筆やサインペンを意識し、手の動きを重視しています。書き方の方向や点・ハライの形状を保ちながらも、太さの強弱を抑えたデザインで、ロービジョン(弱視)、ディスレクシア(読み書き障害)に配慮しました。明朝体・ゴシック体などの従来の学参字形(※)ではなく、教科書の現場に準じた書写に近い骨格にしました。
※ 学参字形:既存の書体をベースに、常用漢字表の範囲内で学習指導要領に準拠した字形に変えたもの。
https://www.morisawa.co.jp/about/news/3681
筆者はこのフォントは「字形のバリアフリー」と「フォントの教育的価値」の2点を特に徹底的に追求して開発されたと考えています。
UDフォントを謳う以上、識字性や判読性にこだわることは当然と言えば当然でしょう(もちろん、これらを追求することは非常に大変なことです)。UDデジタル教科書体は教育現場での使用を想定して、「ここまでやるの」というくらいまでに徹底的に実用性を向上させています。
誰しもが教育を平等に受ける権利を持っているはずですが、弱視や読み書き障害によって、学習の中でも大きな比率を占める文字を読むことが困難である生徒も存在します。しかしこのフォントは読むこと自体が障壁となる方々の教育の助けとなる可能性を秘めています。フォントに工夫をすることによって教育の平等性を高めることができるのです。フォントによる教育面での問題解決が期待できるというのはなかなか夢のある話ではないでしょうか。
また、奈良県生駒市教育委員会とこのフォントを開発したモリサワが小学生115人に行った調査によると、従来の教科書体に比べてUDデジタル教科書体で書かれた問題の正答率のほうが高かったそうです。このことから、このフォントは皆にとって読みやすいフォント、つまりユニバーサルデザインが目指すものを達成していると言えます。
そして、電子黒板の導入や、オンライン授業の普及から、デジタル媒体を通しての教育が盛んになることは想像に難くありません。それゆえ、UDデジタル教科書体のさらなる活躍が期待されます。
みんなの文字
みんなの文字はUDCA(一般社団法人 ユニバーサルコミュニケーションデザイン協会)公認のフォントです。具体的には渋谷の東急百貨店でゴシック体が使われています。このUDフォントの特徴はWebフォントが提供されていることです。下記のページから申し込みを行い、CSSを書き換えるだけで、UDフォントを導入することができます。
終わりに
ここまでUDフォントについて長々と書いてきましたが、どの場面でUD書体を使うべきで、どの場面で使わないほうがいいか正直私にはわかりません。おそらく1つの正解もないはずです。UDフォントは見やすさに重きを置いて開発されているので、芸術的な意味での美しさや個性の強さの面ではほかのフォントに劣る部分も少なくありません。しかし、文字の役割である「情報を伝えること」の面では最強のフォントであると言えます。ですから、多種多様な属性の人を対象とするモノに使用するフォントとしては1つの良い選択肢であることは間違いないでしょう。
この記事がUDフォントの周知に少しでもつながるなら、フォントマニアとしてこの上ない喜びです!
*1 宮本みち子 ほか33名「新家庭基礎 パートナーシップでつくる未来」(実教出版株式会社・2018年1月25日)より引用
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