博士の愛した数

『博士の愛した数式』という小説をご存知ですか?
小川洋子さんの作品で、80分しか記憶のもたない数学者とその家政婦の様子を描いたものです。
この作品最大の特徴は作中で多くの数式や特別な関係にある数字たちが登場することです。
例えば次のような感じで階乗が登場します。

「君の靴のサイズはいくつかね」(中略)
「24です」
「ほお、実に潔い数字だ。4の階乗だ」
博士は腕組みをし、目を閉じた。しばらく沈黙が続いた。
「カイジョウとは何でしょうか」
何故かは知らないが雇い主にとって靴のサイズが意味深いものであるなら、もう少しそれを話題に登らせておくべきではと考え、私は質問した。
「1から4までの自然数を掛け合わせると24になる」

小川洋子(2005). 博士の愛した数式 新潮文庫 13ページ

数学者と家政婦の関係性を描きつつ多くの数学用語が出てくるのは、理系の人間からするととても面白いです。
また、単純に小説としても面白いため理系でなくとも充分楽しめます。
映画化されるだけはありますね。

そこで今回は『博士の愛した数式』内に登場した数たちを、作内での描かれ方とおまけの情報のセットにしてご紹介します。

作内に登場する「~数」という用語は全部で10個です。
1つずつ見ていきましょう。

1.虚数

「同じ数を二回掛算して、マイナス1になればいいんだね」
 学校でようやく分数を習ったばかりの息子は、博士の三十分足らずの説明でもう、ゼロより小さい数の存在を受け入れていた。私たちは頭に√(-1)を思い浮かべた。ルート100は10、ルート16は4、ルート1は1、だから、ルートマイナス1は……。
 博士は決して急かさなかった。じっと考え続ける私と息子の顔を見つめるのを、何よりも愛した。
「そんな数は、ないんじゃないでしょうか」
 慎重に私は口を開いた。
「いいや、ここにあるよ」
 彼は自分の胸を指差した。
「とても遠慮深い数字だからね、目につく所には姿を現さないけれど、ちゃんと我々の心の中にあって、その小さな両手で世界を支えているのだ」

小川洋子(2005). 博士の愛した数式 新潮文庫 7ページ

さて、最初に登場するのは”虚数”です。
虚数とは二乗したら負の数になるような数です。
知っている数字を試しに二乗してみましょう。

3^2=9
1^2=1
0^2=0
(-1)^2=1
(-3)^2=9

どうでしょうか。
負の数になりそうにはないですね。
そうです、日常生活で出会う数字はどれも二乗すると正の数になります。
このような数のことを実数と呼んでおり、実数と虚数は対義語にあたります。
では虚数とは何かというと、二乗したら負になる想像上の数(ここに関しては議論の余地があります)になります。
一般に小文字のアイ(i)を用いて書かれます。
また、実数と虚数は合わせて複素数と呼ばれます。

小学校の算数で扱う数は正の数のみです。
中学校に入ると負の数を扱い、数の世界は実数全体に広がります。
高校に入ると虚数を扱い、数の世界は複素数全体に広がります。
このように、数の世界はどんどんと広がっていきます。
実は複素数の先にも四元数,八元数と呼ばれる世界があります。(十六元数以降も存在しますが、一般に数の世界としては扱われません)
これらの話は奥が深いです。
興味を持った方はブルーバックス「数の世界 自然数から実数、複素数、そして四元数へ」をご覧ください。

2.友愛数

「正解だ。見てご覧、この素晴らしい一続きの数字の連なりを。220の約数の和は284。284の約数の和は220。友愛数だ。滅多に存在しない組合せだよ。フェルマーだってデカルトだって、一組ずつしか見つけられなかった。神の計らいを受けた絆で結ばれ合った数字なんだ。美しいと思わないかい?君の誕生日と、僕の手首に刻まれた数字が、これほど見事なチェーンでつながり合っているなんて」

小川洋子(2005). 博士の愛した数式 新潮文庫 32ページ

次に登場するのは友愛数です。
虚数から打って変わって友愛数はあまり耳馴染みが無いんじゃないでしょうか。
定義から説明します。

本文の通り、約数の和が相手の数になります。
220の約数は1,2,4,5,10,11,20,22,44,55,110,220の12個です。
220を除く11個を全て足してみましょう。
1+2+4+5+10+11+20+22+44+55+110=284
約数の和は284でした。では次に284で同じことを考えてみます。
284の約数は1,2,4,71,142,284の6個です。
同じく284を除く5個を全て足してみましょう。
1+2+4+71+142=220
約数の和は220でした。
このように、自分自身以外の約数を全て足し合わせると相手の数になるような関係にある2つの数を友愛数と呼んでいます。

すぐに見つかりそうと思う方もいるかもしれません。
そう思った方は適当に数字を選んで計算してみてください。
まず間違いなく見つからないと思います。
なぜなら、(220,284)の次の友愛数は(17296,18416)だからです。
電卓もない時代によく見つけたな、と思ってしまいますね…。

しかし、偉大過ぎる数学者のオイラー(フェルマーもデカルトも偉大過ぎますが…)は幾つも友愛数のペアを発見しています。
彼はオイラーの法則という友愛数を生成する法則を導いたためです。
興味がある方は調べてみてください!
(複雑なのでここでは割愛します)
ちなみに友愛数が無限に存在するかどうかはまだ分かっていません。
所謂”未解決問題”の1つです。

3~5.完全数/過剰数/不足数

「28の約数を足すと、28になるんです」
「ほう……」
博士はアルティン予想についての記述の続きに、
28=1+2+4+7+14
と書いた。
「完全数だ」
「カンゼン、数」
揺るぎない言葉の響きを味わうように、私はつぶやいた。
「一番小さな完全数は6。6=1+2+3」
「あっ、本当だ。別に珍しくないんですね」
「いいや、とんでもない。完全の意味を真に体現する、貴重な数字だよ。28の次は496。496=1+2+4+8+16+31+62+124+248。その次は8128。その次は33550336。次は8589869056。数が大きくなればなるほど、完全数を見つけるのはどんどん難しくなる」
億の桁の数字を博士が苦もなく導き出してくるのに、私は驚いた。
「当然、完全数以外は、約数の和がそれ自身より大きくなるか、小さくなるかだ。大きいのが過剰数、小さいのが不足数。実に明快な命名だと思わないかい?(後略)」

小川洋子(2005). 博士の愛した数式 新潮文庫 69,70ページ

引用がちょっと長くなりました。
続いて紹介するのは完全数,過剰数,不足数です。
過剰数と不足数は完全数のオマケのようなものですから同時に紹介します。
友愛数に引き続き約数の和に着目しています。
今回は引用部分で計算まで済ましていますから、改めて定義することはしません。
友愛数であれば相手の数になっていたところが自分自身になっているということです。

完全数は友愛数よりも多くの議論がなされています。
実際完全数の方がすごく見えませんか?
今の時代ですら完全数はたった51個しか見つかっていません。
本当に見つけるのが難しいことが分かると思います。

過剰数と不足数は前述のとおりオマケです。
何といっても完全数でなければ過剰数か不足数ですからね。
無限にあるといっても過言ではありません。(数学的に無限という言葉は厄介なので誤魔化します…)
例を考えてみると、先ほど友愛数の際に登場した220は過剰数、284は不足数です。
当たり前ですが、友愛数は過剰数と不足数のペアだと言えます。

ちなみに奇数の完全数は存在するのか、偶数の完全数は無限に存在するのか、ということは分かっていません。
これも”未解決問題”の1つです。
「存在しないこと」や「無限に存在すること」の難しさを少しは感じられるのではないでしょうか。

なお、完全数は後程紹介する”メルセンヌ素数”と強く関連があるためまた登場します。

6~7.素数/双子素数

書斎の仕事机で、あるいは食卓で、私とルートに聞かせてくれた数学の話に、たぶん素数は一番多く登場しただろう。1と自分自身以外では割り切れない、一見頑固者風の数字のどこにそれほど魅力があるのか、最初のうちはほとんど理解できなかった。

小川洋子(2005). 博士の愛した数式 新潮文庫 95ページ

「例えば17、19とか、41、43とか、続きの奇数が二つとも素数のところがありますね」
私もルートに対抗して頑張った。
「うん、なかなかいい指摘だね。双子素数だよ」

小川洋子(2005). 博士の愛した数式 新潮文庫 99ページ

今度は素数と双子素数です。
素数は間違いなくここまで紹介してきたものの中で最も知名度が高いと思います。
さすがに誰でも聞いたことくらいあるのでは…?という感じです。
定義は「約数が1とそれ自身の2つしかない数」です。
具体例を考えてみましょう。

7は素数です。7の約数は1と7しかないからです。
41も素数です。41の約数は1と41しかないからです。
42は素数ではありません。42の約数は1,2,3,6,7,14,21,42と8つもあるからです。
1も素数ではありません。1の約数は1のみで1つだからです。
1を素数だと勘違いしている人は多いので気をつけましょう。

ちなみに、素数の対義語に合成数というものがあります。
合成数の定義は「1とそれ自身以外に約数を持つ数」です。
もうお気付きでしょう。1は合成数でもありません。

素数には有名なエピソードがあります。
それはグロタンディークというドイツの数学者のお話です。
彼は数学の天才であり、抽象的な数学に非常に長けていました。
ある日彼は素数の一般論(抽象的な話)に関して講義を行いました。
すると具体的な素数を例に挙げて説明するよう求められ、57を例に挙げました。
しかし考えてみてください。57は素数ではありません。
57は1,57以外に3と19を素数に持ちます。
今これはちょっとした笑い話として知られ、57を”グロタンディーク素数”と呼んでいます。
(ただこのエピソードは彼が本当に抽象的な話に長けていて、具体的な話を考えていなかったことを示しています。具体的な数字を考えずに数学をするのは本当にすごいですね…)

またこれは余談ですが、日本の数学者の加藤文元先生が「宇宙と宇宙をつなぐ数学」という書籍の中で91を素数としていたため、これをブンゲン素数と呼びました。(2版以降では修正されています)

『宇宙と宇宙をつなぐ数学』は非常に評判の良いので興味ある方は是非ご覧ください。
自分も読みたい…!(他の本を優先してしまう自分がいます…)

今まで紹介してきた友愛数,完全数は無限に存在するか未解決でしたが、素数は無限にあることが分かっています。
この証明はネット上にたくさん資料がありますので、そちらをご覧ください。
(本筋から逸れますので割愛します)

一応双子素数にも触れておきましょう。
双子素数は本文中にある説明の通りです。
連続した奇数が共に素数であるような組み合わせのことを双子素数と呼んでいます。
(偶数で素数なのは2だけです。4以上の偶数は2を約数に持ちますから当たり前ですね)
なお、双子素数が無限に存在するかどうかはまたもや”未解決問題”です。

素数の中でも特別な”メルセンヌ素数”と呼ばれるものは後程ご紹介します。

8.三角数

「そうだ。几帳面な人、というのが大事なポイントだ。一段めには一個。二段めには二個。三段めには三個……とこれ以上ないほどの単純さで三角形を造形している」
私は三角形を覗き込んだ。博士の手はわずかに震えていた。黒丸が薄暗がりの中に浮かび上がって見えた。
「そして各々の三角形に含まれる黒丸の数を数えてみれば、1、3,6、10、15、21。これを指揮に表してみれば、
1
1+2=3
1+2+3=6
1+2+3+4=10
1+2+3+4+5=15
1+2+3+4+5+6=21
となる。つまり三角数は、本人が望もうが望むまいが、1からある数までの自然数の和を表しているのだ。(後略)」

小川洋子(2005). 博士の愛した数式 新潮文庫 108,109ページ

終盤に差し掛かってまいりました。続いては三角数です。
本文中の三角形って何のこと?と思った方も多いと思うので同様の図を掲載します。
(本来は少し前に図が掲載されていました)

高校数学の美しい物語「三角数とは,三角数定理,平方数との関係」より

三角数とは簡単に言ってしまえば、黒丸だけで正三角形を作るときに必要になる黒丸の数です。
本文中にもある通り、これは自然数の1からある数までの和を表します。
しかしこれは図を見て考えれば簡単に分かることです。
n段目にはn個の黒丸が必要ですから、1段目から順に書いていけば1からnまでの総和になります。

三角数(1からnまでの総和)は以下のように書くことが出来ます。
{n(n+1)}/2
これは何故でしょうか。
例えば1から5までを足すことを考えると
1+2+3+4+5
と書けます。
これをひっくり返して下に並べると
1+2+3+4+5
5+4+3+2+1
となります。
これを縦に全て足すと1+5=6の6が5つ並ぶことが分かります。
そしてこれは全く同じものを2つ足しているため、総和の2倍です。
これをnまで広げて考えると先に示した式が現れます。

なお、これを四角形に拡張して考えた数も存在し、そのまま四角数と呼ばれます。
当然これは平方数になります。

9.メルセンヌ素数

「出生時の体重はいくらかね」
玄関での数字問答も相変わらずだったが、生まれた時の体重というのは、新手の質問だった。
「3217グラムです」
自分のは忘れてしまったので、ルートのを答えた。
「3の3217乗マイナス1は、メルセンヌ素数となる」

小川洋子(2005). 博士の愛した数式 新潮文庫 189ページ

9番目はメルセンヌ素数です。
その名の通り素数の仲間です。
メルセンヌ素数はメルセンヌ数の中でも特に素数であるものを言います。
メルセンヌ数は以下のように定義されます。

2^n-1

つまり、2を何乗かした数(何乗かするとは、その数を何回か掛けることを言います。例えば2のn乗であれば2をn回掛けた数を指します)から1引いた数のことです。
メルセンヌ数が素数である時、nは素数であることが知られています。
(nが素数でもメルセンヌ数が素数とは限りません)

これがどうした?と思う方もいるかもしれませんが、これは非常に面白い素数です。
数学の歴史において長い間研究されてきました。
2018年にはn=82589933の時にメルセンヌ素数になることが確認され、最大の素数が更新されました。これで51個目です。

更にこれは前述した完全数と密接な関係があります。
それは
2^p-1
が素数であれば
2^{p-1}(2^p-1)
が完全数になるということです。
これは必ず成り立ち、また全ての偶数の完全数はこの形で書けることが知られています。
そのため、今までに発見されたメルセンヌ素数の数と完全数の数は一致しています。

もう飽きたと思う人もいそうですが、メルセンヌ素数も無限に存在するかどうか分かっていません。”未解決問題”です。

10.ネイピア数

piは分かる。円周率だ。iも博士に教えてもらった。-1の平方根で、虚数。厄介なのはeだった。epiと同じ循環しない無理数で、数学で最も重要な定数の一つであるらしい。
まず、対数とは何か、からはじめなければならない。対数とは、定数を何乗すれば任意の数になるかという、指数の値である。ちなみに、定数の方は”底”と呼ばれる。例えば、底が10ならば、100の対数(log_{10}100)は、100=10^2だから、2となる。
普段使っている十進法では、10を底にする対数を用いるのが便利で、これは常用対数と名付けられているが、数学の理論においては、eを底とする対数もまた、計り知れない役目を負っているらしい。こちらは自然対数と呼ばれている。eを何乗すれば与えられた数が得られるか、という指数を考えるのである。つまりeは”自然対数の底”ということになる。
そして肝心のeだが、オイラーが算出したところによれば
e=2.71828182845904523536028……
と、どこまでも果てしなく続いてゆく。計算式は、この話の複雑さから比べれば非常に明快だ。
e=1+1/1+1/{1*2}+1/{1*2*3}+1/{1*2*3*4}+1/{1*2*3*4*5}+……

小川洋子(2005). 博士の愛した数式 新潮文庫 195,196ページ

長旅お疲れさまでした!最後はネイピア数です。
しかしはじめに言ってしまうと、ネイピア数を説明するのは難しすぎます。
単純に話題が難しいというのもありますが、何よりもなぜ登場するのかが分からないからです。
数学の理論において欠かせない存在であることは間違いありませんが、あまりに中途半端(無限に続きます)であり由来が分かりにくいです。
ですのでここではpiと同じような数、程度に考えてもらえれば大丈夫です。
piは円周率のことで、分数として書くことが出来ない無限に続く数だということが知られています。
ネイピア数も同じです。

ネイピア数は数学をやっているとよく登場しますが、以下の式が一番有名だと思います。
また『博士の愛した数式』内でも紹介されています。

e^{ipi}=1

この見た目だけでそのすごさをご理解いただけるでしょうか?
分数として書けない謎の数であるネイピア数が虚数と円周率で累乗されると1になってしまいます。
果たして何が起きているのか…。
これを説明するには大学生並みの数学が必要になるため割愛します。
興味がある方は是非調べてみてください。
世界一美しい等式だと言われています。

終わりに

お疲れさまでした。
書いた自分が非常に疲れていることを考えると、この記事を全部読んだ物好きさんはほとんどいないんじゃないでしょうか…?
書きながら誰が読むんだろうと自問自答していた時点でダメですね。
今後はもう少し簡単に読める記事を書こうと思います。
こういうのは恐らく部誌のようなものに寄稿するべきでした。

何はともあれここまで辿り着いた方はスキップでもつまみ食いでもなんでもありがとうございました。
少しでも数学に、『博士の愛した数式』に、興味を持っていただけたら嬉しい限りです。
では終わります。

かりふぉるにあ
パッと見テキトーに見える記事ですが、本当にテキトーです。基本的に口語調です。割と何でも書きますが、趣味の範囲は数理科学とエンタメとアイドルあたりです。毎週月曜更新「かりふぉるにあからの挑戦状」毎週土曜更新「化学アレルギーへの処方箋」

コメント

  1. 心はすべて数学である より:

    ≪…e^{ipi}=1…≫は、【正則一】([正則構造])だ。

    正則一皐月闇のニンフたち

     ニンフの踊りで観る自然数の絵本は、「もろはのつるぎ」(有田川町ウエブライブラリー)

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