卒業しなくたっていいじゃないか

本記事はトビログ初のイベント「○○のプロフェッショナルと思われる人々」の卒業編の記事となります。
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こんにちはIBKです。

突然ですが皆さんは趣味はありますか?それも幼少期からずっと続いているような趣味です。

私は生まれた時から鉄道が大好きでした。所謂鉄道少年だったわけです。事あるごとに電車の博物館に連れて行ってもらったり、乗せてもらったり、あるいは電車のおもちゃを買ってもらったりしていました。私の幼少期の思い出はほとんど鉄道です。特におもちゃへの関心が強かったのか、デパートなどに行く度にプラレールをねだっていました。

では鉄道趣味は卒業したのかと言われますと、それは否です。むしろ鉄道趣味はより深くなっています。多くの男の子は幼少期鉄道が好きでその後戦隊ものなどヒーロー系が好きになるものだと思います。そしてその後は様々なものに興味が出て、収束するものでしょう。鉄道から戦隊ものへの転換期は大体5~7歳くらいでしょうか。つまり私の精神年齢は5~7歳で止まっているわけです。

私の場合、鉄道趣味という古の固定観念から卒業できていない状態が続いています。見かけは大きくても精神年齢は昔のままです。つまり私のような人間は心が幼いまま成長しているのです。矛盾を秘めているようですが、このからくりは簡単です。趣味が自分の本質となっているのです。私は鉄道趣味を持ったまま人生を歩んできましたが、鉄道無しでは私の人生は語れません。精神的に辛いことがある日も電車があるから頑張ることができた日も少なくありません。

心が幼いまま成長すると趣味がエスカレートしてしまいがちです。私の場合ですと欲しい電車おもちゃがプラレールからNゲージ、そしてHOゲージへと変わっています。これは鉄道趣味の中で多くの経験をしていることになるのではないでしょうか。実際私が中学生以降ドイツの鉄道が好きになると鉄道に対する見方の変化だったり、国の価値観の違いなどが納得いく形で吸収されていくような気がします。鉄道を介した経験が私の人生のプラスになっているのでしょう。少なくとも失うものは得るものより少ないはずです。

私の鉄道趣味がこの先の人生で消えることはないでしょう。「子供な大人」という言葉が最適でしょうか。鉄道趣味からの卒業時期を逃し、入ってはならない沼に入ってしまった私はこれからずっと「子供な大人」となることでしょう。しかしこれは悪いことではないと思います。子供の心を持つということは子供のときに持っていたキラキラした目と好奇心を常に持ち続けることです。

ほとんど自己擁護のような文章になってしまいましたね。なんとか自分の趣味を正当化しようとしているのが見え見えですかね。しかし私が「子供な大人」であることに変わりはありません。そして私はそれを恥だとは思っていません。好きなことに夢中になるのは悪いことではありません。人生を充実させてくれる鉄道というものに出会えたということを私はとてもうれしく思っています。

皆さんも昔から好きな趣味、もしくは昔卒業した趣味ともう一度向かい合ってみてはいかかでしょうか。きっとそれは素敵なものに違いないでしょう。子供の時からの趣味を持ち続けることは世間からすれば一般的な生き方ではないかもしれません。しかし、常に他人と同じタイミングで卒業し、新たなことを始めるのは容易です。たまには他人とは違う、自分だけの思い出とともに生活を送ってみるのも楽しいかもしれません。

IBK
鉄道、自動車、ゴルフ、テニス、クラシック音楽をこよなく愛しています。実はロシアに住んでいたことがあり、いつもロシアの地を夢見ている純粋な男子です。

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