時々錯誤

日記

時々錯誤 7/18 多分、駄文

難解な算数の問題を解くところから始まった1日であった。素麺を啜り、布団に転がりしばしの冷涼を楽しみ、身支度をして家を出る。一週間ぶりの熱波に嫌気が差しながらも、日傘という文明の利器を手に入れた私は視線をキョロキョロさせながらも胸を張って歩...
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時々錯誤 7/12 時が過ぎるのは

 時が過ぎるのは早いものであるが、時としてそれは早過ぎるものでもある。最近は専ら、iPhone純正のジャーナルアプリに文章を書くことにしている。手軽でかつ、メモアプリほどごちゃつかないからである。仕事部屋だけ変えたくなるのと同じ仕組みであ...
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時々錯誤 6/21 上手いことを

昔から、気を病むと物語の世界に逃げる習性があった。ひどく醜い争いをして心を閉ざし切ったときに、教室の片隅で本を読んでいたら「お前ってそんなキャラだったっけ」と声をかけられたことを覚えている。それほど人が変わったかのように活字を追いかける...
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時々錯誤 5/29 案山子

矯正器具なしで運転ができるほどの視力はある。でもさすがに裸眼の運転は怖くて、免許を取る前に眼鏡を作り直した。以来、必要な時には眼鏡をするようになったが、常用はしていない。毎週木曜日を除いて。 こうして時々文章を書くことがあるから...
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時々錯誤 枯木も山の賑わい

その日あったばかりの詩人と電車で二人。ふと便箋を取り出した詩人は、紙を一枚一枚折りながら呟く。 「『死』は創作のテーマにしないようにしている。ただそれだけで、人を泣かすから。」 高校の時、バンドをやっていた自分には思い当たる節...
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時々錯誤 新年のご機嫌

年が明けた。区切りのいい時期である。新しく目標を立てたり、それを振り返って次に繋げたりすることの多い季節でもある。 例にも漏れず、私も目標を立てた。世界を広げることである。この3年くらいはかなり狭い世界の中で、世界を知るというこ...
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時々錯誤 10/23 頼られ依存

人に頼られるというのはそう悪い気のすることではない。一定程度の信用と期待がなければ生じない契約である。情緒と精神と機能のやり取りが生じうる、ごくごくありふれたコミュニケーションの一つである。 ただ、頼りすぎるというのは良いことではな...
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時々錯誤 君(おじさま)と夏の終わり

人間は歩く時腕を振る生き物である。5歳の頃の私は右足を出す時、右腕を出すはずだと強硬に主張していた。逆だと気づいた7歳のあの日から私は両足を出すのとは逆の順番でせっせと腕を振って歩くようになった。 電車を降り、エスカレーターを登...
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深夜に時々錯誤 2/3 眠気

明日は早く起きると誓ったのだが、全く眠りにつけそうにない。一日の始まりが約束を破ることから始まるのは、おそらく芳しいことではない。 寝付けない理由は単純明快である。起きるのが遅かったから。移動を伴わない時差ボケである。日中活動し...
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時々錯誤 1/23 明け

チルい音楽に身を委ね、電車に揺られる優雅な帰路。しかしその実、締切という締切に追われている。年も明けてこの時期になると、ようやく毎日が帰ってくる。 二兎を追うものは一兎をも得ず、とはいうが、追われる側は案外空想に耽る余裕があった...
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